SALMON MUSEUM
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サケ漁の歴史

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 平安時代のサケ漁

 戦国時代のサケ漁

 江戸時代のサケ漁

近代~現代のサケ漁

 北洋サケマス漁業の
展開1


・カムチャッカ露領漁業
・北千島漁業
・母船式サケマス漁業

 北洋サケマス漁業の
展開2


・母船式サケマス漁業の
展開

・北海道を基地とする流し
網漁業

・日本海のサケマス漁業

 北海道の定置網漁業
の展開


 現代漁業のトピックス
の展開

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 ふ化放流事業、
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 日本のサケマス
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 サケマス養殖事業への
取り組み[国内編]


 サケマス養殖事業への
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 世界のサケマス養殖
地方のサケ魚 サケの漁業
北海道のサケ魚
北海道・アイヌの伝統的サケ漁(河川)
アイヌ(北海道、カラフト、千島列島の先住民族)は日本人(和人)に接触してから、日本における建網(たてあみ)・引網・刺網(さしあみ)などの漁法をもちいて海のサケをとる者もいましたが、本来のアイヌのサケ漁は「鮭川」でサケをとるのが一般的でした。
打頭棒(だとうぼう)

ヤナギまたはミズキの棒、長さ約50cm。捕ったサケの頭をたたく棒ですが、殺すことによってサケの魂を神の国へ返す神聖な棒で、漁期ごとに新しいものに作りかえられます。


サケの打頭棒 これはサケの神をまつる幣(へい)でもありました。
マレク(marek)


マレクによるサケの捕獲
漁具のなかでアイヌにとって重要視されていた鉤銛(かぎもり)。サケを突くと、モリが反転してサケが動けば動くほど体に食いこむ仕掛けになっています。
カギとヤス(yasu)
カギは引くことで、ヤスは突くことでサケを捕る漁具です。
ウライ(urai)
簗(やな)と同じ。現在のウライは鋼鉄製ですが、アイヌはネマガリ竹やヤナギの枝を編んで作りました。
ラオマプ(raomap)

筌(うけ・セン)と同じ。ネマガリ竹やヤナギの枝を編んで、口径50cm、長さ250cmくらいの円錐形の筌をつくり、ウライ同様に川の瀬にかけます。


筌(うけ、セン)
テシ(tesh)
「止め川」と同じ。川瀬に杭を打ち、柵をつくり、竹の簀(スノコ)を立てかけて、サケがまったく遡上できないようにし、遡上のサケをせき止め、マレクやヤスで突きます。
犬を訓練してとる珍しい漁法
犬は水底にもぐってサケをとらえ、主人の前にもってきます。一夜に30尾もとる犬がいたといいます。
北海道・網走地方のサケ漁
知床半島、斜里の河川や網走川・西別川など

【現代の漁法】<沿岸>サケ定置網、流し網、刺し網、延縄(はえなわ)
【伝統的漁法】<沿岸>建て網、刺し網、流し網<河川>地曳き網、簗(やな)漁<河川上流>カギ、マレク
サケ定置網(沿岸)


知床半島沿岸におけるサケ定置網の分布(昭和50年 斜里町役場資料による)
知床半島を中心としたオホーツク海岸と根室海峡は、定置漁業による沿岸のサケ漁業が最も盛んなところです。

サケは泥に弱く、泥がえらに入ると死ぬと漁師はいいますが、知床はその多くが森林におおわれていますので、サケにとって快適な生活環境となっています。

道東地方は、夏季は太平洋の方が荒れますが、秋口からオホーツク海がシケるので、サケ漁にとって好適な自然条件となり、漁場としてもいい条件になっています。
定置網のくわしい解説はこちらへ

サケ定置漁業の模式図
回遊してきたサケは垣網にさえぎられて身網(みあみ)に入り、
さらに落し網に入ったところを曳きあげられます。


ヤナ場の全景(北海道・斜里)
北海道・根室地方のサケ漁
羅臼(らうす)町・標津(しべつ)町・別海(べっかい)町・根室市など

【現代の漁法】<沿岸>サケ定置網、流し網、刺し網、延縄(はえなわ)
【伝統的漁法】<沿岸>建て網、刺し網、流し網<河川>地曳き網、簗(やな)漁<河川上流>カギ、マレク


定置網の揚げ網風景(北海道ノサップ岬)
北海道・十勝、釧路地方のサケ漁
十勝川・釧路川など

【現代の漁法】<沿岸>サケ定置網、流し網、刺し網、延縄(はえなわ)
【伝統的漁法】<沿岸>建て網、<河川・堰堤の下>地曳き網
<河川上流>カギ、マレク
刺し網・流し網


刺し網  網を入れて1時間ぐらいで網揚げが開始されます。


刺し網 魚が網目に突っ込み、えらやひれが引っかかり、暴れるとからまりつくことで魚をとらえる漁法です。
解説
北海道・石狩川のサケ漁
【現代の漁法】<沿岸>サケ定置網、流し網、延縄(はえなわ)
<河川>捕獲場、石狩川支流の千歳川では捕魚車(通称「インディアン水車」で行っています。
【伝統的な漁法】<沿岸>建て網・曳き網<河川>地曳き網
<河川上流>カギ、マレク
地曳き網(河川)
270~324メートル程度の網がよく用いられていました。明治13年石狩郡のサケ漁場は58ヵ所ありましたが、104ヵ統(定置網の単位:定置網ワンセットを1ヵ統という)の曳き網と2049人の漁業労働者を使って、約122万匹のサケが水揚げされています。


河川の適当地に、サケの遡上を阻止する工作物を築き(止め川)、サケを停滞させておきます。さらに下流に網を仕掛け、サケが下流に逃げられないように包囲します。


インディアン水車(北海道・千歳)
建て網(沿岸)
明治31年沿岸を含め、90ヵ統以上の網があり42万尾以上の漁獲がありました。当時、石狩川ではサケの積み取りのため、おびただしい汽船・帆船・大和舟が出入りして活況がありました。
北海道・渡島(おしま)半島のサケ漁
【現代の漁法】<沿岸>サケ定置網、サクラマス一本釣り、刺し網、流し網、延縄(はえなわ)<河川>捕獲場
【伝統的漁法】<沿岸>刺し網<河川>地曳き網、<河川上流>カギ、マレク
北海道・南千島のサケ漁
択捉(えとろふ)・国後(くなしり)・・・今はロシア領

【ロシア領までの伝統的漁法】<沿岸>建て網、流し網<河川>地曳き網<河川上流>カギ、マレク
サケ定置網(沿岸)
明治時代の択捉(えとろふ)・国後(くなしり)は主要なサケの漁獲地で全道の60~80%を占める大産地でした。
地曳き網(河川)
河川ではよく使用されていました。
流し網
トキシラズ(シロサケのうち特に春から初夏にかけて沿岸に寄ってくる若いサケ)の流し網漁業は沖合い20カイリ以上まで出漁。昭和11年北海道産サケの27%、カラフトマスの28%までが流し網で取られています。
引用文献:「日本のサケ」市川健夫著 NHKブックス昭和52年8月発行 「日本漁船漁具図集」水産庁編集1965
参考文献:「鮭~秋味を待つ人々~」東北歴史博物館 平成15年10月7日発行
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