資源増大計画を実行するため、まず飼育の方法と結果についての試験に取り組んだ。
ゆで卵をつぶして与えたり、冷凍したタラコをつるして食わせたり、餌の選択から始まった。そして飼育結果の観察。当時、全道のサケの放流計画数は8億匹、えさが安価で与えやすいことも実用化には重要な条件。長い試験が続いた。その結果にようやく予算担当が耳を傾けるようになった。現在市販されているようなドライ型の簡便な餌が開発されたことも幸いした。
そして昭和42年にはじめて予算がついた。飼育した稚魚の量は全体の30%に満たなかったが、翌春、記念すべき放流を行った。 |
 |
|
実は、これが昭和46年に帰ってきたサケである。年ごとに予算が伸び、飼育割合が増した。サケの回帰率は飼育量に比例するように向上した。現在は飼育放流が当然の技術となっており、北海道だけで毎年6~700トン、金額ではほぼ1億円に近い餌がサケに与えられている。
飼育の効果について、「大きく丈夫に育てて放したから」と云う説明はとても判り易い。しかし、飼育にはもっと重要な意味がある。どんなに大きく丈夫でも、沿岸に餌がなければ効果は無い。その餌生物は、沿岸の水温が10~13度になる頃に大量発生する。それまで飼育し、その時期に合わせて放流することが可能になったことである。
当然、暖流の到達が早い道南では早く3月中旬~4月下旬に、道東は遅く4月下旬~5月下旬に調整して放流されている。「適期放流」と呼ぶこの技術は、まさにサケを増やすための画期的な切り札だったのである。』
――「鼻まがりサケ談義」切り札の技術より抜粋:1965年(昭和40年)頃 |
|
引用文献:
木村義一著「鼻まがりサケ談義」北日本海洋センター 1994年発行
※今回の記述は木村義一氏本人の希望で「鼻まがりサケ談義」に若干の加筆修正をしております。(2007.7) |