| 昭和46年11月 |
日魯養魚(株)設立 :日魯漁業(株)100%子会社
北海道河西郡更別村に3,000m2の池を造成し養殖事業を開始
水産庁さけます孵化場の協力も得て、シロザケ・カラフトマス・サクラマス・ベニザケ・ギンザケ・マスノスケなど各種サケ属の池中生産試験を始める |
| 昭和48年 |
日魯漁業(株)研究所(増殖部門)、静岡県富士宮市に1,000m2の試験池を造成 |
| 昭和48年12月 |
米国ワシントン州よりギンザケの発眼卵100万粒を輸入 (北海道に70万粒、富士宮に30万粒) |
| 昭和49年1月 |
同上、富士宮養魚池で孵化 |
| 昭和50年11月 |
陸封ギンザケ完熟卵の人工採卵に成功(世界初の陸封養殖に成功=完全養殖のサイクル確立) |
| 昭和51年10月 |
輸入した発眼卵から孵化したギンザケが淡水中で完全に親魚に成熟
富士宮、更別両養魚場で合計200万粒の発眼卵を採取 |
| 昭和51年 秋 |
日魯、岩手県、宮城県、香川県、愛媛県,北海道の各海水養殖場に15万尾のギンザケの種苗を提供。宮城県志津川地区などでギンザケの養殖が開始される
(「卵の孵化と稚魚の供給」が日魯のギンザケ養殖事業) |
| 昭和52年 |
香川県魚連、宮城県志津川町漁協で約10万尾のギンザケの水揚げがある |
| 昭和53年 |
チリ日魯漁業(本社サンチャゴ市)設立 :日魯漁業90%、日魯工業10%
南米チリにおけるギンザケ養殖事業に乗り出す
(プエルト・アイセン地区に養殖施設を設置し、ギンザケ養殖実験を始める) |
| 昭和54年2月 |
発眼卵を空輸し南米チリでギンザケ養殖事業を始める |
| 昭和57年 |
養殖銀サケ市場に定着。協力漁協より買取のギンザケ販売1,000トンの大台を突破 |
| 昭和61年 |
養殖キングサーモン販売開始(発眼卵を孵化、淡水飼育、海面養殖ののち)商業ベースでの成功は今回が始めて |
| 昭和62年 |
日魯養殖ギンザケ販売会議 62年度計画:地域別生産量 三陸(志津川・岩手他)2,000トン、佐渡165トン、北陸35トン、マスノスケ(佐渡・志津川)35トン |
| 昭和63年7月 |
岩手県気仙町に気仙町サケマス養殖研究所を開設
バイオテクノロジー応用し、全雌、3倍体などの優良種苗の開発研究を目指す |
| 平成元年9月 |
日魯漁業社長佐々木醇三(当時)が、チリ共和国からベルナルド・オ・ヒギンス勲章を授与された。ギンザケの養殖を通しチリの経済、産業の開発に貢献したことが認められた |
| 平成5年 |
日本国内での養殖事業を終了 |
| 平成8年 |
チリでの養殖事業を終了 |